はじめに
24時間稼働している事業所では、人員が不足する深夜・休日の時間帯に緊急事態が生じて、現場の人員だけでは対応できない場合に備えて、現場にはいない従業員へ助けを求める制度を設けていることがあります。
助けを求められた従業員は、助言だけのこともあれば、緊急性によっては出勤することもあり得ます。
代表例としては、医療現場における医療従事者のオンコール当番が挙げられます。
休日にオンコール当番となった医療従事者は、いつ電話がかかってきてもいいように携帯電話を肌身離さず持っていて常に緊張し、いつでも出勤できるようお酒を控えたり、遠出を避けたりしていますので、「心が休まらないし、休日を自由に使えない。この時間帯は労働時間として給与・残業代が支払われるべきではないか。」と主張してくることがあります。
千葉地裁令和5年2月22日判決は、医師Xが、オンコール当番において「待機時間」とされている時間全体が労働時間であると主張して、医療法人Yに対し、この労働時間分の給与の支払いを求めましたが、判決では、Xの請求は認められなかったという事例になります。
この判決では、「労働時間(使用者が給与を支払う時間)とは何か」について本質的な考え方が示されていますので、オンコール制度のある医療機関に限らず、多くの事業者にとって参考になる事例として、ご紹介いたします。
(この判決は他にも複数の争点がありますが、オンコールの労働時間制に絞ってお伝えします。)
事 例
Yは、入院、救急を受け入れる病院を運営する医療法人。
医師Xは、初期研修を終えた後、形成外科医としてYに雇用された。
Yの形成外科にはオンコール当番制度がある。
これは、終業時刻~始業時刻において、当直医が形成外科医でない時に、形成外科の専門性が高い変化が起きた患者が生じた場合に、当直医等から電話で連絡を受けた当番の形成外科医(当番医)が、その処置の方法等を説明し、場合によっては出勤して処置するというもの。
当番医が出勤しない日でもオンコール当番になることがあり、その場合は病院外にいる当番医の携帯電話に連絡が入るようになっていた。
Xのオンコール当番医の実態は次のとおり(病院外のみを抽出)
・Yからは当番中の行動について指示はなく、YはXの待機場所を把握していない
・当番の待機時間中、Xは病院外で食事、入浴、睡眠を取っていた
・当番の回数は27回
・そのうち出勤したのは6回(1回の当番中に2回出勤したこともある)
・オンコールで出勤した際の勤務時間は、1回だけ9時間11分、それ以外は1時間24分~3時間45分
・平日の当番は、当番1回につき1回か数回の架電
・日曜祝日の当番は、当番1回につき複数回の架電
判 決
オンコールで対応を求められていたのは、緊急性の比較的高い対応のみ。
電話対応で済んだ場合、電話で方法を説明できる程度の処置の内容であり、電話対応の所要時間は相当に短時間であった。
電話対応の回数は、オンコール当番時間の長さに比して多いとはいえない。
そうすると、Xの私生活上の自由時間が阻害されるような電話対応を余儀なくされていたとはいえない。
オンコール待機時間中にXは病院外で食事、入浴、睡眠が取れていたのであって、オンコール当番日でない病院外での私生活上の自由時間の過ごし方と大きく異なるものではない。
当番待機時間中、Xに精神的な緊張、待機場所のある程度の制約があったとはいえるが、労働からの解放が保障されていなかったとはいえない。
したがって、オンコール当番の待機時間は、指揮命令下に置かれていたとはいえず、労働時間には該当しない。
(なお、電話対応した時間、当番中に出勤した時間が労働時間であることは争いがない。)
解 説
使用者が労働者に給与を支払わなければならない時間=労働時間は、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を意味します。
そして、これは、労働契約上の役務の提供が義務付けられているといえるかどうか、という観点で判断されます。
指揮命令下に置かれているかどうかは、時間的・場所的な制約があったか、行動の制約の有無・内容、労働者が何を求められていたか等の実態によって判断されます。
この基本的な考え方は、今回の事例でも踏襲されています。
Xのオンコール当番の実態は、電話対応・出勤の頻度や、特に行動の種類・範囲に制約がないことからすれば、私生活が送れないほどのものではなく、労働契約上の役務の提供が義務付けられる状態であったとはいえません。
とても妥当な結論であるといえます。
ご注意いただきたいのは、「オンコール当番(及びこれに類似した制度)であれば労働時間に当たらない」という判断ではないということです。
訪問看護師のオンコール(緊急看護対応)が労働時間であると判断された裁判例も存在しており、対応の頻度や時間、行動の制約(例えば、1時間以内に職場に行ける距離にいることを指示している)といった実態によって判断が異なるのです。
労働時間に該当するかが争われるものとしては、他にも、通勤・帰宅の移動時間、休憩時間、仮眠時間、待機時間など多くありますので、様々な業種・業態で問題となりえます。
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