裁判例:東京地裁平成24年10月5日判決(ブルームバーグ・エル・ピー事件)
会社側の相談を受けていますと、「仕事ができない従業員をどうにかしたい」といったご不満をよく耳にします。
会社側としては、「期待されていた能力を発揮できていないのだから、会社は解雇することができるのではないか」「就業規則にも、『自己の職責を果たす能力がないとき…解雇できる』と規定されているのだから、解雇できるのではないか」とお考えになることは少なくないように思います。
東京地裁平成24年10月5日判決は、労働者Xが、会社の求める上司や同僚との関係、コミュニケーション、仕事のスピード、量、質に達していないとの理由で解雇されたことが、不当な解雇として無効であるとして訴え、これが認められた事例(解雇無効/会社側が敗訴)になります。
能力不足を理由とする解雇が争われた一つの事例として、ご紹介いたします。
事 例
会社は、アメリカ合衆国に本社を置き、一般顧客(利用者の多くは、金融取引に携わる金融機関の従業員)向けに経済・金融情報を提供する通信社。
労働者Xは、約13年間記者として別会社で勤務した後、平成17年11月29日、中途採用として、会社に入社した。なお、労働者Xの賃金は月額67万5000円である。
平成18年11月30日、勤務評価がなされた際、チームリーダーから改善が必要であることのコメントを受け、総合評価として、「期待を超えている」、「期待通り」、「期待に満たない」のうち、「期待に満たない」との評価が出された。
平成19年6月15日、チームリーダーは、労働者Xに対し、仕事の進め方や課題点を指摘し、その改善に取り組ませることを目的として、3か月の「アクションプラン」を実施すると言い渡し、目標を設定した。同年9月17日、労働者Xは目標をすべて達成して,同アクションプランを終了した。
平成19年12月17日、勤務評価が出された。
①カスタマー・フォーカス(内外の顧客の需要を理解し,満たすことができる。)に関し、6段階中上から4番目の評価、②機能・技能上のスキルについて,6段階中上から4番目の評価、③仕事の質について,6段階中上から3番目の評価、④コミュニケーション・人間関係に関し,6段階中上から3番目の評価等を受けた。
平成20年11月14日、勤務評価が出された。
①カスタマー・フォーカス(内外顧客の需要を理解し,満たすことができる。)に関し、6段階中上から4番目の評価、②機能・技能上のスキルについて、6段階中上から4番目の評価、③仕事の質について,6段階中上から4番目の評価、④コミュニケーション・人間関係に関し、6段階中上から3番目の評価等を受けた。
平成21年12月10日、会社は労働者Xに対し、パフォーマンスに対する課題点を指摘し、その改善に取り組ませることを目的として、新たなアクションプランへの取組みを命じ、以後同プランに基づく原告のパフォーマンスをモニターし、約1か月後に達成状況についてのフィードバックを行うこととした。
平成21年12月、勤務評価が出された。
総合的なパフォーマンスについて、「要改善」(6段階評価の上から5番目であり、分布において下から5%~12%の間に含まれるもの。)とされた。
平成22年1月27日、第1回のフィードバックがされ、会社から労働者Xに対し、至らない点についての指摘と、次のアクションプランが示された。
平成22年3月5日、第2回のフィードバックがされ、会社から労働者Xに対し、目標達成ができていないとの指摘がなされ、次のアクションプランが示された。
平成22年4月8日、人事担当者は労働者Xに対し、退職勧奨をした上、自宅待機を命じた。
会社は労働者Xに対し、平成22年7月20日付で、能力不足を理由とする解雇予告通知書を送付し、その後に解雇した。
判 決
東京地方裁判所は、次のとおり判示して、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠くものとして無効であると判決しています。
すなわち、勤務能力ないし適格性の低下を理由とする解雇に「客観的に合理的な理由」(労働契約法16条)があるか否かについては、まず、当該労働契約上、当該労働者に求められている職務能力の内容を検討した上で、当該職務能力の低下が、当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるか否か、使用者側が当該労働者に改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善がされなかったか否か、今後の指導による改善可能性の見込みの有無等の事情を総合考慮して決すべきである。
①労働者Xに求められる能力
社会通念上一般的に中途採用の記者職種限定の従業員に求められていると想定される職務能力である。
②上司や同僚との関係
報告を怠ったことはあるものの、会社から具体的・十分な指示・指導をした事実は認められない。
③コミュニケーション
平成19年及び平成20年の各年度末評価においては、コミュニケーションについていずれも6段階中3番目の評価であるし、労働者Xは会社の指示に従って改善を指向する態度を示していた。
④仕事のスピード
各年度末評価や課題設定においても同制限時間が明示されているものではないし、会社は労働者Xとの間でその原因を究明したり、問題意識を共有したりした上で改善を図っていく等の具体的な改善矯正策を講じていたとは認められない。
⑤仕事の質
会社が、労働者Xの記事内容の質向上を図るために具体的な指示を出した、労働者Xとの間で問題意識を共有した上でその改善を図っていく等の具体的な改善矯正策を講じていたとは認められないし、労働者Xには、必ずしも会社の指導に対する理解ないし姿勢がなかったとはいえない。
以上から、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠くものとして無効であるというべき。
解 説
この会社は、アクションプランとして達成目標を示し、その達成具合や課題をフィードバックするという対応をしており、会社としてそれなりの努力をしましたが、それでも解雇が有効とは認められていません。
特に、労働者Xは中途採用であり、それなりの収入を得ているため、求められる能力が高いと考えられますが、それでも解雇は認められず、能力不足を理由とする解雇が難しいことが読み取れます。
この事例から学べることはいくつかあります。
まず、会社が求める能力・水準というのは、明確に示しておく必要があるということです(これは現実的には言語化が難しいものですが)。
また、会社は目標を示してフィードバック面談をするだけでなく、どのように改善していくかを労働者に示すことが求められています。
現実には、ここまで一人の労働者に会社のリソースを注ぐことは容易ではなく、会社がどうやってこのような努力をするのかが課題になります。
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